3年目の勇気

「おはよう美樹!昨日はよく眠れた?」

雪枝が声をかけてきた。たまたま電車が同じだったらしく、私の姿を見かけて後ろから追ってきたようだ。

「あ、おはよう。実はさぁ、昨日夜遅くまであれ書いてたからあまり寝てないのよ。でも朝はすっきり目覚めて、今は気合いバッチリよ」

「ホント?良かった。一昨日結構悩んでいたから心配してたのよ。ねぇ、本当に課長に言うの?」

「何よ、雪枝が”言いたいことがあればはっきり言えば?その方が美樹らしいよ”って私に言ったんじゃない」

「そりゃそうだけど。イザとなると...」

「雪枝、これは私の問題なんだから。私がそうするって決めたんだからそれでいいの!」

「うーん、そうね。昨日も言ったけど、私はいつでも美樹の味方だからね。何かあったら何でも相談するんだよ」

「ありがとう。わかってるわ。今日会社終わったら、パァーっと2人で飲みに行こうね。」

そうこう話ているうちに会社に着き、私達はエレベーターへと乗った。シューっと言う音と共に静かに上っていった。

「じゃ、頑張ってね。すぐに結果報告してよ」そう言って雪枝は先に降りていった。

私は自分の机に行くと、メッセージやE−mailなどをチェックし、送られてきたファックスに目を通すなど、毎日の朝に日課を始めた。一通りそれが済むと時計は9時40分を少し回った所だった。あと20足らずで課長とのアポがある。コーヒーでも飲もうと思い、キッチンに行った。新入社員の女の子達(と言っても私と3つも変わらないのだが...)が数人おしゃべりをしていた。適当に挨拶を交わしコーヒーを作り始めた。彼女たちはおのおのの彼氏の事や、会社の誰それがいいだの悪いだのいわゆるOLトークに花を咲かせていた。私も昔はよくこんな事を話して楽しんだなーと思いながらコーヒーに口を付けた。腕時計に目を落とすと、あと7、8分で10時になるところだった。いそいそと机へと帰り、鞄の中から手紙をとり、化粧室へと向かった。鏡に写っている自分を見つめて自分の姿を確認し、課長とアポのある会議室へと足を向けた。

「失礼します」

私は大きく深呼吸して、自分の意志を再確認したあと、静かにドアを開けて部屋に入った。

「そこに座りたまえ」

私の上司が少し面倒くさそうな様子でそう私に言った。

「私に話があると言っていたが、何の事だね?」

彼は報告書らしき物に目を落としたままそう私に聞いてきた。私はしっかりと手に持ってあった一枚の封筒を机の上に置いて、上司を見つめた。

「江藤課長、長い間大変お世話になりました。急ではありますが、これを受け取ってください」

課長は怪訝そうな、しかし少し驚いた顔で”辞表”と書かれた封筒を手に取り、私が昨日一晩かけて書いた一枚の手紙を読み始めた。しばらくの間沈黙が続き、私はその間ずっと心臓の音がドキドキしている音しか耳に入らなかった。やがて課長は顔を上げ、小さなため息を付いて私の目を見てこう言った。

「本当にいいのか?転職するのは大変だぞ、この不景気じゃ。もう少し働いて、結婚でもした方がいいんじゃないのか?」

そう引き留めようとしているのか、馬鹿にしているのかわからない、どっちとも取れる言い方が妙に私の気にふれた。いつもそうだったけれど、課長は女子社員をまともに相手にしない人だった。私は今までの鬱憤(うっぷん)や抑えていた気持ちが膨らんでくるのがわかった。課長のちょっと馬鹿にしたような顔を見ていると、どうしてもそれを我慢することが出来なかった。

「私は結婚相手を捜すために会社で働いている訳じゃありません。一人の女として一人前の仕事がしたいだけです。今のままでは何年働いても何の変化も進歩も得られるとは思えません」

一度気持ちが流れ出てしまったらもうどうにも止められようがなかった。

「だいたい課長は私達OLを何だと思っているんですか?私達は男性社員のお手伝いさんじゃありません。私達にもちゃんとした責任のある仕事をもらう権利があるはずです。丸2年間働いて、結局何一つ責任のある仕事を頂いたことがありません。それが出来ないのなら辞めさせて頂くだけです」