意外な夕食

「柊さん、お電話です」

後輩の女の子が呼んでいる。私はちょっと疲れてきた目をマッサージするように親指と人差し指で眉間の下を摘みながら電話に出た。

「美樹ちゃん?お仕事中ごめんなさい。私、中島舞です」

「あー、この前はどうも忙しい中引き留めちゃって、おいしかたわよあのお店」「こっちこそごめんね、あの後話しに行こうと思ってたんだけど、すごく忙しくって気が付いたら二人とももういなかったの。あ、それより今週の土曜日の夕方一緒に食事でもしない?久振りにお休みもらえたの」

「土曜日か...」

実は修と最近会ってなくて、今週末ぐらいには会えるかなと少し期待して予定を入れていなかった。でもいっこうにその気配はない。一人でせっかくの土曜を過ごすのももったいない気がしたので、

「いいわよ、何処で待ち合わせしようか?」

「私今あまりお金ないからさ、私の家にこない?美味しいもの作ってあげるよ」「えー、舞ちゃんって料理得意なんだ」

「得意って程でもないけど、バイト先で結構教えてもらっているから」

「そうなんだ。じゃあ住所と電話番号教えてよ。ワインでも買っていくね。楽しみだなぁ」

夕方5時頃に家を出て、彼女の家に着いたのは6時を少し回ったところだった。距離的には結構あるのかもしれないけれど、電車1本で行けるのであまり遠く感じなかった。雪枝も誘おうと思ったけど、どうやら用事があるらしく、修からも連絡が昨日の夜遅くに入って、仕事で週末はずっと働かなくてはいけないらしく、結局一人で行くことになった。

「いらっしゃい!」

広くもなく、狭くもなく、ごく普通の部屋だったけど、きれいに片づいた部屋は結構落ち着いて気に入ってしまった。

「きれいな部屋じゃない。どのくらいここで一人暮らししているの?」

「ありがとう、そうねーもう4年ぐらいかな。短大出て会社に入った後ここに移ったから。あーもう4年もここに住んでいるんだ...。そっか、美樹ちゃんこの部屋に来るの初めてなんだよね」

「うん。別々の大学に行ってから一度も会っていなかったからね」

「まあ、その辺に座っててよ。もう料理出来てるから」

そういって彼女は次から次へとお皿を持ってきた。

「すごーい、よくこんなに作れたわね!」

一皿一皿のボリュームは多くはないけれど種類が多く、食いしん坊の私にとってこれほど多くのものを一度に食べれるのは大変嬉しい事だった。

「じゃ、久々の再会を祝して、かんぱーい!」

私たちは高校の思い出話や当時の先生達の今の近況、同級生達が、今どこで何をしているなどの話で盛り上がり、お酒も入ってかなり大騒ぎしてしまった。

そうこうしているうちに彼女が作ってくれた料理は跡形もなくなってしまっていた。2人でテーブルの食器を台所へ戻した後、舞ちゃんが紅茶を入れてくれている間私は、”フー”と一息ついて部屋の写真や絵、雑誌などをボーっと眺めていた。ソファーの横に何冊かの就職情報誌があり、何気なくパラパラとめくっていた。「そういえば舞ちゃんどういう所に転職考えているの?」

紅茶を持ってくる舞ちゃんの顔が一瞬暗くなったような気がした。

「実はね、この不景気で前の会社もリストラが始まっちゃたのよ。違う部署の人がクビになっちゃって、私たちの部署からも何人か解雇されるって言う噂が流れてたのよ。それで万が一の事を考えて内緒で他の仕事を探し始めたんだけど、私この前も言ったけど全然責任のある仕事なんてやらせてもらえなかったのね、だから履歴書に何をやってきたとか何が出来るとか、特に書くことがないの。何枚も履歴書を送ったんだけど結局面接してくれたのは2社しかなくて、それも散々な目にあって暗くなって帰って来ちゃった。もう最後の方はあきらめかけてきたの。そんな時に彼からプロポーズされたから、結婚するのもいいかなと思って。それからトントン拍子に話が進んで、結婚退職って言う形で会社を辞めたの。本当はもっと仕事をしたかったんだけど、あのまま会社にいても全く仕事内容は変わらなかったと思うし、どうせいい仕事は男の人に持って行かれて悔しい思いをするのもいやだったから。結婚して落ち着いたら、しばらく資格とか取るなり何かの学校にでも行こうかなと思っているの。今のままじゃ何処にも行けないからね。美樹ちゃんはいいよね、大企業だから転職先とか結構あるんでしょう?」

私は彼女にそう言われてドキッとした。もう3年目に入ったというのに、この先どのような仕事が貰えるのか今までの2年間と先輩達のやっている事を考えるとあまり期待できなかった。果たしてこの私を転職組として採ってくれる企業が何社あるのだろうか。

「そんなことないと思うよ。大企業と言っても私がやっている事なんてたいした事ないんだから」

正直にそう思った。

「またそんなこと言って。でも本当にそう思っているのなら、資格か何か、何でもいいから自分をアピールできるものがないと、イザって時に大変だよ私みたいに」

「うん...」

私は”そうなんだ”みたいな感じで返事をした。

「そういえば結婚式はいつするの?」

この質問をしたのがまずかった。このあと私は舞ちゃんの結婚式のこと、プロポーズのこと、彼のことなどをのろけ話いっぱいに2時間以上も聞かされてしまった。

「こんなに遅くまでお邪魔しちゃってごめんね。とっても楽しかったわ。それにあんなにたくさんご馳走になって。今度私がご馳走してあげるね」

「いいのよ気にしなくて。また遊びましょ」

「それじゃあ、またね」

「気を付けて」