美樹&雪枝&仕事

女子大を出て就職難と言われた中、私と雪枝は特に苦労をするわけでもなく、名の通った商社に、しかも結構早くから内定をもらっていた。本当はホテルに就職したかったのだけれど、入れると思っていなかった有名商社に入ったことで、私の両親が”商社の方が安定しているし給料もいい。”と言うことで強く勧めていた。私もそうかなとも思ったし、雪枝もいて、商社もいいかなと思い入ることにした。女子大生の就職氷河期を骨の髄まで感じていた周りの友達からは、嫉妬と羨ましさの眼差しで見られたものだ。私は大学で心理学を勉強し、嫌いではなかった勉強にそこそこ力を入れ、まあまあの成績で卒業したと思う。かと言って、真面目人間という訳ではなく、いや、それとは程遠い人間だったのかもしれない。やれクラブだ、コンパ、キャンプ、スキー、テニス、旅行だなどと、お金と体力の続く限り、友達と遊び回ったものだった。どうしてこんな私が採用されたのか自分でも不思議だった。だから余計に一緒に遊び回った友達からは、

「ずるいよ、美樹一人だけ抜け駆けして!! 私たちは運命共同体だって何度も言ったでしょ。勝手に就職決めないでよ!相変わらず要領だけはいいんだから」

と何度も文句を言われたものだ。そう何度も言われると私もちょっと悔しいので、

「何よ、雪枝だってもう決まってるじゃない」

と反論すると、必ず

「雪ちゃんはいいの。私達から見ても彼女はしっかりしているし、頭もいいし、何よりも美人だし。何を取っても雪ちゃんには勝てっこないもの」

とみんなに同じ様な答えを返された。 これを言われる度に「だったら私は何なの?」とちょっとムッとするので最後の方はなるべく反論しないようにした。その雪枝とは腐れ縁がまだ尾を引いて、部署こそ違え、同じ会社に就職した。

就職一年目というものは、とにかく忙しかった。見る物、聞く事、やることの殆どが生まれて初めてという感じで、学生時代に遊ぶお金を絞り出すのにやったアルバイトとは雲泥の差で、私はもうみんなに付いて行くのがやっとという感じだった。私なんかはあまりストレスとは縁のない人間なので、大変だとは感じたけれども、ストレスを感じることよりも新しいことにチャレンジする時のワクワクといった感じの方が強かった様な気がする。でも同期の女の子なんかは、結構体調を崩した子もいた程だった。 最初の三ヶ月余りの新入社員研修で、会社の事業内容や、各部署の仕事、会社組織の仕組みなどを学ばされている時に、「こりゃえらい所に入ってしまった。」等と思ったものだけれど、実際に蓋を開けてみると、結局は先輩の指示に従って、社会人としてのマナーと仕事に慣れるように風なことばかりをやらされた。 それでも私にとっては大変で、電話の応答一つにいたっても最初は四苦八苦したものだった。 優等生の雪枝はと言うと、

「私にはバリバリのキャリアウーマンは似合わないから」

と言いながらも、仕事をテキパキとこなして私から見てもかっこいい位だった。高校の時からそうだけれど、私と雪枝は何かと一緒にいたのでいつも比較の対象にされてきた。勿論雪枝が出来る子、私が出来ない子。何人かの友達は、

「雪枝ちゃんといつも一緒にいて、コンプレックスの固まりにならない?」 と言われたことがあるけれど、人一倍負けん気の強い私にとっての雪枝は ”頑張る気の源”と言った感じで、彼女に負けたくない、彼女の様になりたいといったモチベーションのを与えてくれる存在なのだ。ただ、どうして彼女が私と10年近くも親友といって差し支えのない関係を保ってきたのか全く持って不思議である。 雪枝の名誉のために断っておくけれども、彼女は決してその能力をひけらかすことのない正直で優しい性格の持ち主なのだ。そうじゃなければ私も10年なんて長い間同じ人と付き合ったりしない。こう見えても私は人を見る力には長けていて(と思う)、だいたい最初の5分でその人がどういう人か感じる物があるようだ。雪枝と会ったときにはそれがビリビリと伝わって、長い付き合いになりそうだな、と思った。が、正直言ってこんなにも長くなるとは思わなかった。 彼女に何度か「私の何が良くって付き合っているの?」と何げなく聞いた事があるけれども、いつも「何だろうねー、何となく居心地がいいだけよ」などと抽象的な事ばかりしか言わないので、それは未だに本当のことなのか、それとも口で表現するのが難しいので、とりあえずそう言っているのかは謎なのだ。でも私も余り気にしていなので深く聞いた事もないし、今の所親友と言える人が一人でもいることに満足している。

就職2年目に入って、社会人として初めての後輩が入ってきて、私たちもちょっと緊張したのを覚えている。年も1つか2つぐらいしか変わらないのに妙に’若い’と感じたのは、まがりなりにも1年間社会という妙な安心感と責任という重荷を併せ持つ空間にいた経験を持つ者と、学校という閉鎖的で、守られた空間にいた人達の独特な雰囲気を醸し出している若者達との間にあるギャップを感じたからであろうか。私なんか入社したての頃は、同期の人達を見ててさえすごく大人っぽい等と思っていたので、先輩達に子供みたいな奴などと思われていたに違いない。現に今でも、

「美樹ちゃんって若いよねー。とても24歳には見えないよ。エネルギーが体中から溢れているって感じだよ」

とよく言われる。自分で言うのも何だけれど、元気だけが私の取り柄だと思っているので、そういわれると少々馬鹿にされている気がするけどちょっとうれしい気もする。何て私は単純なんだろう。それはさておき、やっと後輩が入ってきて教える立場になり、私の仕事も少しは変わって、今までのお茶くみやコピー取り、そして極めつけのタイプマシーン部隊から引退かと思いきや、どっこい、高性能タイプマシーンに昇格(?)しただけの話で、毎日山のような解読不明に近い先輩達の手書き文書を、アリのように頑張ってタイプしているだけであった。それでもその原稿を見ていると、誰が今どんな事を手掛けているのか、どういう相手と仕事をしているのかが、何となくわかるので、お茶汲みと先輩達のお使いに勤務時間の半分を費やしていた一年目に比べると、会社の動きがちょっとだけわかっているような気がして、始めはそれなりに楽しんでいた。でもやっぱりタイプ漬けの毎日に嫌気がさして、気分転換の必要性を特に感じ始めたのもこの頃だったと思う。ストレス発散というわけではなく、ただ、平凡な毎日にスパイスを加えると言った程度のものだった。雪枝の方も同じ様なことを感じていたらしく、スパイスを探しに出かけていた。ただ、私と決定的に違ったのは、私がクラブや、飲み会等に出かけていたのに対し、彼女はダンスのレッスンなどに通い始めたことだった。だからもっぱら二人のたわいのない話の中心はお互いの知らない世界の暴露大会だった。