ノースウエスト航空006便

「ちゃんと着いたら電話するのよ、美樹」

お母さんが心配そうな顔をして、何度も同じ事を私に言っている。

「分かってるわよ、心配しないでお母さん」

「あー、なんだか信じられないな、ホントに美樹がアメリカに行くなんて。昔話してた頃は、遠い世界の話だと思っていたのに」

会社の同期の新堀雪枝(しんぼりゆきえ)がちょっと寂しそうな声で言っている。 彼女とは高校・大学からの幼なじみで、会社の元同期。私の数少ない気心の知れた友人でもあり、唯一お互いに親友といえる人物でもある。

「雪枝、本当にありがとね、雪枝に色々勇気づけられたから、ここまで来れたんだもの。それに今日は仕事まで休ませちゃって」

「何言ってるのよ、親友でしょ。当たり前だよそんな事。それより”英語が出来ない”なんて言って、泣いて帰ってきたら承知しないわよ」

雪枝が私の鼻をつねりながら、意地悪っぽくそう言った。

「任しておいてよ!」

ちょっと軽く胸をたたいてそう言った。そして、

「青い目の彼氏を連れて雪枝に見せびらかせてあげるわよ。修には内緒でね」 と、雪枝に耳うつようにささやいた。

「わー!修君に言ってやろう!!」

「ひどい、内緒だって言ったでしょう!」

竹内修(たけうち おさむ)、私より1つ年上の彼氏。クラウディア出版社の専属カメラマンで半年程前から付き合い始めている。私と雪枝は、キャーキャー言いながら騒いでいた。当の本人はキョトンとしてこっちを見ている。

「何だよ俺も仲間に入れてくれよ」

−アナウンス− 

”ノースウエスト航空006便シカゴ行きをご利用の方は出国カウンターまでお急ぎくださいませ。”

「あ、私そろそろ行かなきゃ」

黒の大きなバッグを抱えて行く用意をした。

「じゃあ、みんなどうもありがとう。わざわざ空港まで来てくれて。落ち着いたら必ず手紙書くから」

全員に別れの挨拶をしていざ行こうとした時、他の旅行者達が何やらチケットらしきものを渡しているのに気が付いた。私は慌てて、母親のところに戻った。

「お母さん、空港施設使用料払わないといけないの忘れてたわ。私、今日本のお金全然持っていないのよ。¥2000ちょうだい!」

母親は慌てて財布からお金を取り出して、私にくれた。

「あなた、大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫、じゃあね、みんな!」

ちょっと恥ずかしかったので、そう言って足早に立ち去った。その時母親が”相変わらずおっちょこちょいね、あの子は”というのが聞こえたけれど、気にしない、気にしない。

私の名前は柊美樹(ひいらぎみき)。現在24歳。一応名の通った総合商社で丸2年働いていた元OL。3年目に入った直後で、ある決断をして会社に辞表を提出。 それから約2ヶ月半、仕事の引継に1ヶ月、それと同時に留学の準備などに時間を費やし、はちゃめちゃに忙しかった。そして6月29日、いよいよ出発の時がやって来た。 みんなと別れて約30分ぐらい経って、私を乗せたノースウエスト006便 はゆっくりと動き出した。 そしてそれは、私と私の大きな夢と希望(不安もちょっと...たくさん!?)を乗せて空高く舞い上がっていった。